1.なぜ今インドなのか
旅の理由ーわけー
今から30年前あたり、若者が何かを求めて目指すのはインドだった。神秘と仏陀とカレーの国。そこにゆけばどんな夢も叶うという。ガンダーラ、ガンダーラ、They sey it was in INDIA。ビートルズの人もシタールを習いに行ったりして、大変流行したそうである。そんなインドも今やめざましい経済発展とIT技術を武器に、国際社会でもめきめき頭角を現してきて核兵器まで所有している始末である。今更なにを求めてインドなのか?理由は2つある。一つは6年前に渡印した際に使い残したルピーを使い尽くすため、もう一つは、時間が大量にあったから。

6年前のインド旅行
カシミール王国の王子そう、実はこれで2度目のインドなのだ。1度目は2005年の冬、インド人や日本人に囲まれての団体結婚式旅行だった。たったの10日間というのもあり、自由行動もままらなず、ただ結婚式で終わった。バラモン階級の金持ち結婚式はものめずらしく、それはそれで楽しんだものの、大量のルピーと共に悔いも残ってしまった。とはいえインドである。そう易々と熱海に行くようには行けない。いつか再びインドへ行ってやると、ぼんやり思いつつも、ルピーは円に変わることなく押し入れで眠り続けたのだが、それがある切っ掛けで目覚める。
 中央の黒帽子は元カシミール王国の王子

渡辺眸さんの写真
その切っ掛けとは、渡辺眸さんという写真家のインド写真である。パワハラで職を離れ、先行き不透明な自分の人生そして日本の将来をはかりかねた私は、なんとか参考になればと手当たり次第に気になる物にあっていた。そこでたどり着いたのが、西荻ほびっと村の連続講座「やさしい革命」であった。中野民夫さんが毎回知人を呼んで話を聞くなかなかピッピームーブメント的な面白い講座で毎回目から鱗がぽろぽろとれたのだが、その3回目に写真家渡辺眸さんがきた。そして衝撃を受けた。
天竺/渡辺眸

白い布でミイラ巻きの死体とインド人ポリスがフィルムのカビによりぼんやりと霞んでいる作品。生も死も同列にあった。それを見て、その写真にまつわる神秘的な話を聞いて、これは行かねば、いんどへ行かねばと、思ったのだった。仕事も見つからず、もやもやしていたのもあるし、仕事など始めたらそれこそインドなど行けないだろう。どうせゆくならたっぷりと時間をかけたい。藤原新也みたいに放浪したいし、若いうちに深夜特急もしてみたい、サイババも生きているうちに見ておきたい、やっぱり神秘的なインドもあるかもしれない。死ぬまでに一度はバックパッカーなるものも体験しておきたい。外国に独りでもなんとか歩いて行ける、そんな自信もつけてみたい。考えてみると行く理由はたくさんあった。そんな訳でインド行きを決意した。

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