5.ゴア(3)

足の下から生ぬるい風
翌朝7時海岸を散歩した。野良犬たちが人のいない浜を元気に走り回っていた。溶岩とおぼしき岩の上で波をみつつ物思いにふけりクッキーを食べる。波が寄せる度に足の下の岩の穴から生暖かい空気が吹いてくる。なんとも言えない不思議な感触だ。このように一見ささいだけど日本にいては体験できないような面白いことがインドに来てから毎日かならず発生していた。

生ぬるい風を足に感じながら旅について考えた。世界遺産を見て証拠写真を撮ることや、本場のカレーを食べて自慢するのが旅の本当の収穫などではなく、この足の下から吹く生ぬるい風を体験することが旅の果実なのだ。そう分かると嬉しくて人知れずドラマチックに盛り上がったが、突如猛然たる便意におそわれ頭の中は100%宿のトイレでいっぱいになった。

 

マナリの農夫に店を教えられる
昼にふたたびビーチへ行きベジサンドとチャイでランチを済ませ、寝椅子で『小説ブッダ』の続きを読む。シッダルタが出家するところでやめて、散歩して、カニの穴をほじくっていたらインド人少女たちに囲まれた。彼女たちは毎日大きな風呂敷にスカートやアクセサリー(某高円寺∞堂にあるような感じの)を詰めて、浜にころがる白人相手に行商している物売りだ。小学生くらいの少女から中年まで年齢に開きがあるが、洋服を売るのはなぜか全員女性だ。

もう慣れたもので適当に話を合わせつつ、それでも真剣にカニの行方を考えていたら、今度はインド人旅行者のオヤジ:チャーマン氏が来た。いつものインディアン・ナンパである。インド北部山岳地方マナリでリンゴ農家をしてて作業の無い夏に毎年ゴアで遊ぶ独身貴族だそうだ。

チャイでも飲んでおしゃべりしようぜ、俺いい店知ってるぜ、とおそろしくしつこいので腹も空いていたしどうでもいい気分でもあったので着いてゆけば小さくて古い素朴な海の家だ。それまで存在に気づきもしなかったが、36年前からずっとアンジュナ・ビーチで営業している「パイ・イン・ザ・スカイ -pie in the sky restaurant-」であった。

ターリー(南インドの定食、カレー&ライス&おかず)を食べたら値段の割にすごく美味しくて驚いた。もちろん手で食べた。手を使うとゆっくり食べられるし、おままごとのように楽しく、何より美味しいのだ。この頃はもう手で食べるようにしていた。

食べながら観察したところ店に来る客は我ら以外みなどことなく妖しげなヨーロピアンばかりだった。ドレッドヘアのにーちゃんはタブラを妖しげに叩いている。音楽家なのかと聞けば2週間前にデリーで買ったばかりなのさとひどく適当。やがてねーちゃんと人目も気にせずいちゃつき出す。また、その側ではとろーんとしたドイツ人ぽい男とシワシワの男が妖しげな英語を駆使して映画やダライ・ラマについて話している。とうとう念願のヒッピーに会えたのだろうか。とにかく飯は美味で安いがあやしい店なのであった。だがなんせターリーが美味いので気に入ってしまった。

店を出てすぐに、物売り少女に押し負けてワンピース&バングルを200ルピーで買う。後悔。たかだか400円だがインドにいると200ルピーがたいそうなものに思えるし、非力なバックパッカーとしては荷物が増えるのは問題だし、だいたい、いらない物はいらないのだ。夜、悪夢で目覚めて激しい憂鬱におそわれた。ホームシックだろうか。旅に出てからそろそろ3週間がたとうとしていた。

 

海のなぐさめと野良犬
翌朝、すっかり落ち込みモード全開で寄る辺なくビーチへ。寝椅子にねころがり海をみる。海は何億年もずっと絶え間なく波を寄せては返している。何も焦ることはないと波はささやく。ブッダを読む時だけは不思議と安心していられたが、しかし、私はとても憂鬱だった。ベジバーガーを食べていると、おねだり犬が来た。やさしい目をしたメス犬でベージュ色の体は痩せてて傷跡が目立つ。他の野良犬やインド人に追いやられる姿は卑屈である。私の前でややしつこくしっぽを振っていた。その犬の平和な様子をみながら私はただどうしようもなくそこにいた。自分のためだけに生きているからこうも無力なのだろうかと、やがて去った犬のやさしい瞳を思い出しながら考えた。

さて次はどこへ行こうかと、ぜんぜん働かない頭をひねる。足の甲は日焼けがひどくて赤黒くひりひり痛む。

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