5.ゴア(4)

ゴアのトラベルエージェント
すでにヒッピーなどどうでもよくなった私は、アンジュナ・ビーチでリゾートしていてもどうしようもないのでコーチンへ移動することにした。私は湯治客ではなくてトラベラーなのだ。いままでバス移動ばかりだったので今度は長距離列車にのろう、ということでまず旅行代理店の「@アンジュナ」で切符を買おうとしたら見事にぼったくられそうになった。3L(スリーパークラス:冷房無しの寝台車両)のマルガオン→エルナークラムは後に調べた正規値段では325ルピーなのに780ルピーと言われた。人を小バカにしたような雰囲気とバス運賃から判断して辞めて正解だった。仕方がないので宿を一日延長し、翌日パナジの小汚いトラベルエージェントに入ったらそこも最悪で閉口した。インド人客ばかり優先して30分待たせたあげく、しゃあしゃあと3Lに1575ルピーを提示、さすがの私も頭にきて「NO!」と手を振り出た。NO!と言える日本人で良かった。

なんせインドのトラベルエージェントは質が悪すぎる。インドに到着してまず最初に騙してくるのがトラベルエージェントという名のハゲタカ集団である(人によっては到着空港の両替商かもしれないが)。右も左も分からないままに数万円単位のぼったくりツアーを組まされて泣いた人は数知れず。防犯には使わない以外無いのではないかと思う。とにかく、また一泊延長することにし、ぷりぷり怒りながら歩いてマプサ行きのバスに乗り込みマーケットをのぞいた。

 

マプサのマーケット
雰囲気はアメ横センターの野外バージョンといったところだろうか、小さい店や出店がごっちゃになり、空には棟から棟に渡した旗が風にはためいて輝いている。肉ゾーンでは悪臭と蠅、フルーツゾーンはやや清潔、しかしどこに居ても人とぶつかりそうなくらい地元民が満載でとにかく元気に売買している。バナナ専門のバナナゾーンは見応えがあった。本当にバナナばかりずらりとならんでいた。

 

ドレッド・スクーター小男
マーケット見物でやや気分が回復した私は、アンジュナ・ビーチの買い物中心地にも足運んだ。いかにもな土産物をはしごしていたら背後から「コンニチハ」と話かけられ驚いた。ガチャ目でドレッドヘアの小男がスクーターに乗ってこちらだかあちらだかを見ている。今夜日本人主催のパーティがあるから来ないかと言う。日本語で話しかけてくるインド人=やばい(詐欺)の公式がすでにできあがっていたし、夜更かしすると体がきついからパーティなんか興味ないし、風体も異様な感じで、それとなく逃げようとしてもスクーターでブブーンと着いてくるのですっかり恐ろしくなり、I don't need a party! とかなんとか叫んで走って逃げた。用心深きこと雀のごとしである。どうりでガンジャにもヒッピーにも出会わない訳だ。

 

再びパイ・イン・ザ・スカイ
夕方にパイ・イン・ザ・スカイでババーン(店主)のフィッシュカレーを食べようかと思ったら腹が痛いとかでなくて、単なる野菜カレーライスを食べる。店の奥からハンガリーの初老婦人がでてきた。どうやらチャーマン氏に人生相談をしていた模様である。この店は道場なんだろうか?というような雰囲気である。このハンガリー婦人としばらく会話する。互いに英語が下手なので大変だったが、逆に気楽でもあった。私がアウランガバードからゴアに来たと話すとあそこは汚い町だったわ…と顔をしかめてた。確かにここと比べると雲泥の差である。ゴアのビーチに来るような旅行者はインドの埃とゴミと牛糞にまみれて貧乏旅行する旅人とは目的が違うのだろう。

しばらくして日本人青年も来た。ただこの人、話をしていても目線が会わないし、反応も妙にのろいので何となくガンジャ中ではないかと思った。2週間滞在してヨガやら海水浴をしているという。しきりにここは気分がいい気持ちいいと言っていた。アンジュナ・ビーチで過ごす不思議な感覚をぽつぽつ語ったのち立ち去ったが、1時間後くらいにインド人のおばちゃんが「あの日本人はどこに泊まってる?レンタルバイクを持ち逃げされた!」と焦りまくって来た。いろいろな人が次から次にくる。

夕日がまぶしいので店の中で日傘をさしたらババーンが「ジャパニーズ・プリンセスだ!」とニコニコしていた。腹がぽっこり出ててパーマのババーン。とにかく邪気がない。この素朴かつ単純な人柄と美味い飯に惹かれて人がくるのだろう。とても居心地がよいのである。日が沈むまでそんな調子で何をするでもなく、チャイを飲みながらパイ・イン・ザ・スカイにいた。

夜、例のFree WiFiの店でiPhone片手にキングフィッシャービールとフィンガーチップスを食べたが、インド初のビールはあまり美味くなくてがっかりした。また夜中にすごくさみしい夢をみてしまい、またまた超憂鬱に。

 

心に染みいるインド
翌朝7時。寝不足と最低最悪気分で何もできず、ババーンの店にいった。前日に払い忘れた5ルピーのためだが、たぶん、救いを求めていったのだと今はおもう。近いので裏からゆけば番犬?の3匹に吠えられ、泣きっ面に蜂のように惨めになるも、表から入れば店内に2人の男がねている。1人は座禅を組んだまま体に白い布をまきつけて寝ている?妙に雰囲気のある僧風のおじさんで、もう一人はいつでもガンジャ中のドイツ男。瞑想中かとびびりつつ奥に行くも、またしても犬に吠えられた。犬だらけだ。天然セコムである。おかげでババーンが起きてくれたのでよかった。僧風のおじさんはDr.シャルマン(シャーマン先生?!今思うと結構妖しいな…)という、やはり何かの修行僧だった。と、これまた奥から出てきたチャーマンが教えてくれた。なんだこいつらみんなここに泊まっているのか。店と言うより溜まり場である。

朝はまだ涼しい。海辺の風にふかれつつ起きた人+私で少し話す。忘れたけどさみしいさみしいと訴えたようなきがする。Dr.シャルマンとチャーマンがなにやら宗教について話すかたわらで私はババーンの入れてくれたチャイのぬくみと寂しい心を抱えながら、海や犬や女の人やDrやチャーマンを見ていた。さみしいながらも側に誰かが居てくれるのがうれしくて、泣きそうであった。とにかく、訳もわからず心細くてズタボロだった。

そのうち、ババーンがタブラを出して歌い出した。波の音とタブラと素朴な声。この時間がそれまでで一番心にしみいるインドだった。

切符もなにも用意できていないのに、前進有るのみだった私は、精神的にズタボロでも、それでも今日アンジュナを立ち去る決心をしていた。そんな私に、Drは「ナマステ」はあなたの中に神様がいるという意味なんだと教えてくれた。ドイツ男はなんとも言えないやさしいまなざしで見送ってくれた。この人はとても弱くて繊細なのだと感じた。でチャーマンは必ずマナリに来なよ、必ずだよと繰り返した。ババーンはサヤエンドウを切りながらまたここに戻って来いとニコニコ言う。たかだか数日同じ場所にいて互いに何も知らないけれど彼らはその時の私にとっては大事な人達だった。いつかまた会いたい。懐深きパイ・イン・ザ・スカイにまた行きたい。

 

自力で電車の切符を買う
さて、センチメンタルを振り切ってパナジの鉄道予約センターで自力の切符購入に挑戦する。自力でやればだまされないわけである。しかし、これが大変だった。まずセンター自体がまるで何十年も前の役所か立体迷路のようだ。そこをインド人が所狭しとうごめいて窓口をはしごしている。入り込む隙間もない。仕方なしに手近のカウンターおやじに、

 I want to buy a train ticket.

と申し伝えると別方向のドアを示された。行けばまたしても大量のインド人と意味不明の窓口、壁には解読不能ながら時刻表とおぼしき模様。めまいをおぼえた。白人旅行者老婦人がいたので、同じ旅行者のよしみとてやり方をおそわった。フレンドリーで良い人たち、おそらくドイツ人かオーストリア人かと思われる。当日の席があることを祈りつつ待つこと1時間!! 見事ACスリーパー3段タイプ(3A)の切符を手に入れた。ぼったくり旅行代理店ではACなしで1700ルピーだったが、自分でやればAC付きで900ルピー(ゴア:ティービン→コーチン:エルナークラムジャンクション)だ。やった!すごく大きな達成感だ。

 

途方にくれたら人に聞け
インドでは日本と違い手動でなんでもやるので、電車の切符でもなんでも手続きが面倒くさい上、やり方が分かりにくく、一瞬途方にくれるのだが、どこでもとにかく人だけは大量なので、そこら辺りの人を捕まえて聞けば、大抵親切に教えてくれるから、心配するほど困らなかった。聞くのはなるべく、ある程度身なりの良い人、特に中年男性がお勧め。中年おやじは女に優しいとかそういう意味ではなく、単純に近代化度が高く英語がしゃべれて情報を持ってる=意思疎通が楽、ということだ。まずしい人や女性だと英語が出来ない率が高く、話しかけても無視されたり困り顔をされる事が多かった。ここでも階級社会を感じた。ヒンディー語が出来ればまた話は変わると思うが、私は英語しかしらない。あと、男旅行者が若い男に聞くのと、女旅行者が同じようにするのでは、インド人からはものすごい印象が違うという事もここに書いておきたい。日本人女性と貧しいインド人男性カップルは良く思われていない…

 旅行者>身なりの良い中年男性>身なりの良い中年女性>ジーパン娘>若い男性>貧しい男性>貧しい女性

この順番に聞くとよいと、私は思う。

無事コーチン行きのチケットを手に入れた私は出発までの時間、駅の2階にあるベジ食堂でターリーを食べた。相席したデブ婦人がカレー皿いっぱいのライタを食べていた。ライタとは塩味ヨーグルトに生野菜の細切れが混入した食べ物。ダール(まめカレー)を少しずつまぜて食べていたのが印象深い。インド人はなんでも混ぜて食べるなぁ。



ティービン駅の3つの風景
コーチンへ向かう際、ゴアのティービン駅で3つの印象深い風景に出会った。1つは旅人だ。30代程のアジア男で全身あいまいな色合いの服をだらっと着て、帽子を目深にかむり、気配がないが存在感がある。見るからに「俺に話しかけるべからず」オーラが出ていたので何もしなかったが、ふと気付くと移動してて、万年筆で何か書いていたりしたが、いつの間にか消えていた。なんとなく確信をもって日本人だと思う。

2つ目はインド人男だ。同じホームで電車を待っていたので客かと思い、ホームの場所などを聞いたり会話したりしていたが、最終的には「私は貧乏なタイル職人です。300ルピーください」と言う。普通にことわると立ち去ったが、電車に乗る時にまた現れて手伝ってくれた。

3つめはホームの端にあったアウトカーストの村だ。20人くらいの人達が国とか大企業とか多くの人達から見捨てられて生きていた。駅のゴミを拾うのが仕事と予想される。そこからなかば気の狂った男がふらふらとホームを歩いて来て、電車を待つ人たちや私に意味不明な言葉をかけてきた。ズタボロの服と焦点の合わない目とおぼつかない足どりは周囲の目をひいている。ホームには村の少年達もいて、元気いっぱい鬼ごっこをしてて、服はズタボロだったが目は輝いており、どこにでもいる普通の子どもで、狂った男と対照的だった。
夕暮れにボロボロのテント群が沈んで行く。

 

ちなみにこれはAC3段スリーパークラス(3A)のベット、そしてチャイ、窓からの風景。


 

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