6.コーチン
〜悪夢の夜〜



コーチン!コーチン!スパイスと椰子の木のケララ州コーチン。コーチン自体に恨みは無いが私のコーチン体験は最悪だった。


間抜けなコソ泥
ゴアのティービン駅で会ったドイツ人青年詐欺師マイケルがそもそもの元凶ではあった。同じ旅人として協力しあえればと(勝手に独り合点して)フォートコーチンの宿まで共にゆくことにしたのだが、段々話が妙になって最終的にはセクハラと小銭を盗まれた。

いわく、自分は本日夜中に帰国する予定だがとにかくシャワーだけは浴びておきたい。部屋をとるのも無駄なので同じ部屋をワリカンでどうだろう、と持ちかけてきた。なるほど事情を聞けば納得であるし、男女同室もドミトリーではよくある事なので、そもそも夜11時には消える訳だからまあよいかとOKした。

するとマイケルの糞野郎はさっそくシャワーを浴びたいという。私は私でゲストハウスの周辺で、レッドバターバナナを食べたり教会を見たりと散策にでかけたが、なれぬ夜行で寝不足だったのですぐ部屋に戻ってしまった。無理はしないタチなのだ。

当然そこにはマイケルのアホがいる訳だが、いつも通りにシャワーと洗濯などをした。このとき始めて失敗した。小銭を入れたままバックを部屋に放置したのだ。おそらくこの時に取られた。どう考えてもこの時以外にバックから目をはなしてはいない。

その上(この時点では金を取られたとは知らないが)やたら話しかけてきてボディータッチまでしてきた。ここでようやく何かがおかしいぞと気付く。とりあえず行きずりの男と同衾する趣味はないので、隙を作らぬことが大事だと思い、文化の違いなどを説明したりしてぬらくらすりぬけて事なきを得たが、たぶん危なかった。ドアのすぐ外にホテルの従業員がいて、大雨の浸水騒ぎで出入り激しかったのと、男がいまいち押しの弱い性格だったのが幸いした。

夜、散歩にくりだした時、奴は友人の話をしていた。お金もないのに連日薬と女遊びを続けて旅しているんだそうだ。もしかしたら自分の願望でも語っていたのだろうか?
ところでこのセクハラ&コソ泥男に天罰がくだったのか私の目の前で足を怪我してくれて、おかげでインドの病院を見学できたりした。ちなみに、インドの州立病院の診療費は無料であり、外人もインド人も同じように薬代だけ支払うシステムだと言う。威厳のある女医さんと可愛い看護師さんたちがサリー型の白衣で見てくれた。器具や設備がおそろしく粗末で診療室もふた昔まえの教授室みたいである。病気になったら心配だと思った。



セクハラ・ゲストハウス
翌朝、間抜けなマイケルに教えられたゲストハウスに行くと満室で、かわりに主の兄が経営するというホームステイタイプのゲストハウスを紹介された。日本の小金持ちの家くらい広くて清潔でセキュリティーもしっかりしている。聖母マリアの絵とどでかいテレビ。おどろいた。が、この後すぐ金を盗まれた事実が分かり、ものすごい人間不信と恐怖心にとらわれてしまった。

しかも、宿の主ビクター(小男)がこれまたセクハラおやじだった。ボディータッチは当然のこと100回くらいビールを勧めて来たり(インドでは飲酒=SEXOKという図式でもあるのか?)ますます私を怖がらせる。夜の8時に友人の家に行ってネット投票してほしいと言ったり、特定のレストランを勧められたり(弟のゲストハウスの隣、あやしい)、部屋に入ってこようとしたり、もうとにかく殺されるくらいの勢いで怖かった。睡眠薬を飲まされて襲われた日本人旅行者の話も聞いていたし、マイケルの糞野郎のおかげで警戒心マックスだったから大変だった。

それでも宿を探す面倒を考えると我慢すればいいかということになり、そのまま宿泊したのがさっさと出て行けばよかったと今は思う。


悪夢の夜
コーチン名物のカタカリダンスを見ている最中、病気みたいに恐怖心が高まった。しかも帰りに捕まえたリキシャーが例のごとく土産物屋に連れて行こうとしたのでぶち切れて途中下車してしまい、いつの間にかデンジャラス・インディアン・ナイトにひとり放り出されていた。

頼れるものは何もない。ここいらのリキシャーはぼったくる上に必ず店に連れて行こうとする(店員も当然のようにセクハラしてくる)。あるとき、道に迷った西洋人女性がリキシャー使えばいいじゃんといわれて諦めたようにため息していたが、私にはその気持ちがよく分かる。とにかくコーチンのリキシャーは使えないし面倒くさい。外人女だと思って完全に舐めきっている。

でも、そのまま道端にいてもどうしようもないので、ただもう前へ進むしかないのだと思い、ひたすら明るめの道をえらび、地図をみて、人の良さそうなインド人を捕まえては道を尋ねて宿まで歩いた。話しかけてくるインド人はほぼ100%お金せびりかエロ目的だが普通のインド人は親切な田舎の人という印象である。

この時の気分は何だろう。暗闇をさまよう気分というのだろうか。いま振り返ると当時感じていた恐怖は現実のそれよりずっと大きかったと思う。信頼していた旅人仲間に裏切られ、行けども行けどもセクハラ&ぼったくり祭りで、本当にだれも信じられなかった。まったく甘えを許されない状況、真っ暗な宇宙空間に浮いているみたいな頼りなさ、そこに突き落とされて始めて感じたのは、腹の底からわき上がる訳も分からぬパワーだった。やるしかないんだ、自分で自分を守り進むしかないんだという覚悟がスッと生まれて、余計な事など考えずにずんずん歩いた。おびえてはいるのだろうが芯が揺るがないような安定感だ。この時の足から伝わる重力の感じは今でも私の自信を支えてくれている。


コーチンの観光について
まあそんな試練があったものの、コーチン自体は綺麗なところだった。かさかさに乾燥してゴミだらけの内陸とは違い、ところどころに湖などもあって浮き草が紫色の花を咲かせたりして、インドにしては緑豊かである。ケララ州のケララとは「椰子の木の国」という意味で文字通りそこら中に椰子の木がはえている。椰子の森の水路を小舟でゆくバックウォーターツアーは水音と鳥の声しかせず、天国か夢の国にでもいるようだった。コーチン観光では絶対にバックウォーターツアーははずせない。あんなに美しくて静かで豊かなエリアは作ろうとしたって作れない。

あと、カタカリダンス。分かりやすく言えば、顔芸と派手な化粧が売りの神様演劇。舞台に俳優がでてきて1時間くらいのんびりと化粧の様子をみせてくれる。これもそれなりに面白いけれど、顔芸は本当にすごい。ここ(Cochin Cultural Center)では笑点の歌麿師匠みたいなお爺さんが一番の達人で、よくそんなに高速で表情筋を操れるものよと、ひたすら感心した。本編の劇よりこの人のデモンストレーションに感動した。魚が泳ぐ感じを表情でやってくれたりする。



そしてレッドバナナなどのフルーツ。南国なのでフルーツが安くて美味い。エルナークラム駅周辺で適当に見つけたフルーツ生ジューススタンドで飲んだミックスジュースがめちゃくちゃうまかった。そして至る所でフルーツサラダの屋台があったりする。そんな感じ。



ちなみにコーチンの玄関口、エルナークラムは普通のインドの都会といった雰囲気で、私が泊まったフォートコーチンのほうが観光スポットが多くて町歩きも面白かった。フォートコーチンにゆく連絡船5ルピー(10円)も気持ちが良かった。ところでコーチンでは女性たちが日傘を差していたので私も真似して同じ傘をかった。南下するにつれ段々と日差しも強烈になり、ひとの肌色も濃くなってゆく。

 

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