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18.コルカタ(1)
〜恐るべきカーリー様の街〜

伝説の日本人宿その2
コルカタ駅に到着、すぐ市バスに乗り、バックパッカーが集合する安宿街サダル・ストリートをめざす。コルカタはとにかくでかい。そして都会。人も多いし建物も多い。ごみごみしたものが煮詰まった雰囲気とでも言うのだろうか。道端でドブ色の水をざばーっとかけてシャンプーしたり体を洗う人を何人も見た。バスの窓から見る町のにぎやかさに圧倒される。
プリーの最終日に悪い物を食べたのか、また体調が悪くなり、ぼんやりした状態で伝説の日本人宿その2「パラゴン」に即チェックインした。シングルが空いていなかったのでツイン300ルピー。小汚いベッドが2つしかない殺風景な部屋に300ルピーも払うのかと不満はあったが、緑色の壁は世界中の旅人たちが描き残した言葉やイラストで埋まっており、見ているだけで結構楽しかった。
 
パラゴンは入り組んだ3階建て?の建物。年期が入っててぼろく小汚い。中では様々な国籍の若者たちが自由な時間をのんびり楽しんでいて、ザ・バックパッカーの宿という印象だ。来る前に日本人宿と聞いていたが、サンタナほどはいなかった。日本人で元バックパッカー夫婦が子ども(小学生)連れで旅行していたのには驚いた。こんな恐ろしく不衛生な土地で無事子どもを連れて歩けるなんて、よほど旅慣れているのだろう。
サダルストリートでのあれこれ
あと、印象深いのは詐欺。近隣ホテルのフロントには大抵「日本語で話しかけてくるやつは詐欺師なので注意」という日本語の注意書きが貼ってあった。実際、サダルを歩いていると30mごとにいかにもあやしい男がピタッと張り付いてきて日本語で御世辞を言ってくる。「インドは3度目だよ」と嘘をついたらはがれたが、馴れないお人好しが「初インドです」なんて答えようものなら骨の髄までお金をしゃぶり尽くすのだろう。つくづく日本人はカモ葱なのである。北インドは物騒だなと感じる。
パラゴンのわきで露店を開いているインド人とも少し話した。大阪弁をしゃべる明るい小太り男で、自称”さとし”。貧しい家に生まれて学校にもゆけずに、25年間このサダル・ストリートで店をやってきたそうだ。日本人旅行者は上得意で友人もたくさんいるとか。色々な人生がある。インド人のさとしに津波のおくやみを言われた。200ルピーで象のろうけつ染めの布を買う。
3度目の腹下し
コルカタについた夜に熱が出たので翌日1日中寝ていた。23時になっても、宿泊客が騒いでて寝られず。楽しそうに青春を謳歌する人たちを尻目に、私はただひとり、地獄をはう亡者のように、紙なし照明なしの暗闇トイレと部屋をお百度参りした。この時は心底インド旅行には懐中電灯が欠かせないと思った。真っ暗闇のトイレで苦しみのうなり声を響かせながら考えた。インドに来て何をしているのだろうと。痛みの最中には、なんだか旅の間ずっと腹痛と闘っていたような気さえして情けない。なんか、ポンディチェリーで倒れてから腹の痛みをするどくなっていた。肝炎か、あるいはアメーバかと、結構不安だった。でも、腹が下ったら何を言っても考えても無駄。何も考えず嵐が過ぎ去るのを待とう。そんな覚悟のようなあきらめのような落ち着きが自分の中に生まれた。部屋に這いもどり、旅人たちの残した言葉や壁を這うヤモリを見ながら、ベットの上にころがった。
コルカタの印象
そんな訳で、体調が悪くてあまり町歩きしなかったが、少し歩いた印象など。
古い歴史のある建物が多くて、マーケットはアメ横にも似たごちゃごちゃ空間。サダルは詐欺師だらけ。横道に入ると、路上に座り込んで1人で注射をしている男がいたのにはギョッとした。真昼間ではあったが、危険アンテナが総立ちになった。コルカタで何人もの日本人女性が睡眠薬入りのクッキーでレイプされる事件を聞いていたので、なおさらだった。
 
ムンバイも大都会だったが、コルカタは特に都会独特の光と闇が混沌としていた。ゴミも汚れもとりわけ濃く煮詰まってる。けれどもマクドナルドや現代的な書店があったりと、とにかく”進んでいる”し、何より人々が活動的で、早朝から深夜まで活発に動き回っていた。南インドでのんびり旅をしていた私は、コルカタのレストランで店員から痴漢されたり、ホテルの従業員が失礼だったり、その他にも色々あって、一気に消耗した。北インドは南インドと全然違う。明るく笑っていた人間が翌日に内臓をばら売りされても当たり前すぎて誰も騒がない、そんな危うい狂気をはらんだ町とみえた。
タゴールハウスの近くではゴミ山からライスを漁ってむさぼり食べる少年を見た。精神に問題がありそうな感じで、漫画みたいなボロボロの布を引っかけていた。だけど道行く人、誰1人そんな彼の姿を気にしていない。それも含めて自分の尺度からすると非現実的で強烈だった。ゴミを食べる人と優雅に海外旅行を楽しんでいる自分。生命力の命じるままライスを掴み食いする姿が閃光になって逆に見ていたはずの自分の姿を照らし出すあの感覚は何だろう。
タゴールについて
コルカタ3日目に詩人ラビンドラナート・タゴールの生家「タゴールハウス」に行く。3階建で中庭付きの瀟洒な屋敷で、これと言ってめづらしくはなかったが、静かだった。タゴールはインドで大変敬愛されている詩聖である。ベンガル地方ではほとんど神様のような扱いで、うっかり悪口でも言うと危険だとか。インドとバングラディシュの国歌も彼の作詞作曲で、アジア人で初めてノーベル文学賞を受賞している。タゴールは日本とも関係が深い。岡倉天心や横山大観と友達づきあいをしていて、1916年に来日もしている。今より100年前のほうが日本人に知られていたようだ。そういえば林芙美子の「放浪記」にもタゴールに関する記述があった。もったいない。こんな時代だからこそ、タゴールの透明で愛に満ちた言葉は日本人の心にバーンと響くだろうに。
特に有名なのは「ギタンジャリ」という魂の真を歌う詩集。宗教という枠組みを超えた人間精神の普遍的な祈りのような、実に美しい作品だ。インド文学史上でダイアモンドの輝きを放っている宝の果実なので、未読の方はぜひ一度読んでみてほしい。とにかくすごい。タゴールは自然や子どもや愛について歌う。
--タゴールは一本の花を見る時、花を通して神の愛が詩人のところに送られていると感じていたのである。--
(『タゴールの歌〜自然と人生をみつめなおす歌詩60選』ラビンドラナート・タゴール、神戸明子訳編)
その言葉には雑味がなくエッセンスそのものという感じがする。彼の作詞作曲した2000以上の曲は「タゴール・ソング(Rabindra Sangeet)」と呼ばれ今でも根強く愛唱されている。例えば、ベンガル地方の高等教育を受けた若い男女は恋文の代わりにタゴールソングを送りあって愛を語るんだそうだ。なんと雅な文化であろう。恋心をこんな素敵な歌に乗せて歌うわけだ。
さあ いらっしゃい みんな喜びに酔いなさい
今日の新しい生命の春に。
未練を後ろに捨て去り とうとうとあふれる喜びの流れの中に走りゆき、
南風で 自らを地平の彼方へ放り出しなさい。
すべての束縛を喜びでこわしなさい
今日の新しい生命の春に。
憧れる心の海の岸辺で なぜあなたは何を失うのかと恐れるのですか
あなたにあるすべてのものをもって
永遠なるものの中へ飛び込みなさい
(同書p.16)
実にしびれる。
タゴールハウスではワンフロア丸々使ってタゴールと日本の交流を紹介していた。茶室まで再現してて驚いた。彼の水彩画も良かった。テクニックはともかく怖いくらいに迫力がある。詩や音楽が彼の明るさと秩序だとすれば絵はその逆で闇と混沌だ。「赤いショールの女」は美しいというよりは恐怖や意味の分からないパワーが出ていた。風景画などはしっとりと現実味のある1場面を写し取っており見事。
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